あの日、私は会社にて朝礼を済ませた後、スタッフと共に外出をした。
用事は二件、そのうち二件目は翌日の催事の現地での最終確認であった為、終日会社には戻らない予定だった。
春とはいえ肌寒い日で、朝からシトシトと小雨が降りしきる灰色の空模様の一日だったと記憶している。
スタッフと最初の用事を済ませて目的地へ向かい、先に現地で作業をしていたスタッフ達に合流した。
辺りはすっかり日が落ち、寒空の夜、最後の工作作業を見守りながら会社に連絡を入れ、会社に残るスタッフに社内の様子を確認したあと、明日のタイムスケジュールを確認している最中だった。
ふいに背後から呼び止められて振り返ったら、そこにはスーツ姿の人が5〜6人立って全員がこちらを向いていた。
ただならぬ雰囲気を醸し出しているから、何かがあるんだとは直感ですぐにわかる。
身分を明かされ話を聞きたいことがあるというので、5分待って欲しいと言うと、すんなりOKをして貰えた。
スタッフに指示を要約して伝え、スーツ姿の人に囲まれながらこちらですと誘導された道の先には、窓がカーテンで閉ざされた黒塗りのミニバンが停めてあった。
乗るよう促されて後部座席に乗ると、スーツ姿の中で一番年長らしき人が鞄からうやうやしく二つ折りの書類を出して私の前で広げて見せる。
暗い車内のぼうっと薄暗い照明の中で目を凝らしてそれをまじまじと見ると、大きな文字で逮捕状、と書かれていた。
ミニバンのフロントに細かな雨が打ち付ける小さな音が途切れなく聞こえて、そこに逮捕状の内容を読み上げる声と手錠の金属音が静かに私の耳に入ってきた。
私が逮捕される?
なぜ?
余りに突然の、余りに衝撃的なことというのは、人間の思考を停止してしまう。
発狂も落胆もない。
心と身体は活動が止まり、ただただ呆然となるだけだった。
私が携えていた仕事用のショルダーバッグの中身を捜索される。一つ一つ、これは何、何の目的で使うのかをただ機械的に説明する。
その中の幾つかが押収されたのだが、キーケースが含まれていたのを知り、ああ、今日は家に帰れないのかと思うものの、まさかここから120日もそれが続くとは、この時は思いもしなかった。
そのまま車は静かに出発する。
検察庁で話を聞くというのだから、霞ヶ関に向かうのだろうとぼんやりと思った。