おんなしゃちょう何某の雑記〜2024.3リターンズ〜

おんなしゃちょうは 2024/3 出所しました。

拘置所にいた話 その3 一晩だけの警察留置所から拘置所へ

 

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(この車だった記憶)

 

 

どのくらい車は走ったのだろう。

後部座席の左右の窓はカーテンで塞がれ、運転席助手席と後部座席の間も遮光の黒カーテンで仕切られいる為、外の様子は全くわからない。

 

みぞおち辺りがキリキリと痛みだしてきて、そのうちに脈を打つように痙攣を起こしてきた。

 

脂汗が出てきた。

 

ここ一年くらい胃痙攣を度々起こしていたのだが、その辛さは、酷い時は一晩中痛みでうなされて、翌朝から昼過ぎまで痛みを耐えた疲労で完全に意識を失うくらいのものだ。

 

溜まった脂汗が頰をつたって、顎からつつっと足下に落ちてきた。

 

常備薬として携帯していた鎮痛薬を思い出せないくらい、あの時の私は思考が止まっていたのだと思う。

 

当然、検察庁についても呂律は回らないし、話をすることなんてろくに出来なかった。

 

テレビでよくある「メシでも食うか?」のカツ丼ばりに、取り調べ室にコンビニのおにぎり3つとおーいお茶の差し入れがやって来て、周囲を囲む幾重のスーツ姿から食べなよと何度も勧められるが、痛みで気力も出ないし食べられる訳もない。

 

主検事は、諦めたように

一晩落ち着いてゆっくり休んで下さい

これからどうぞ宜しく頼みますね

と意味深な言葉を残し、部屋から消えていった。

 

また黒塗りミニバンに乗せられて、どこかに連れて行かれた。

 

湾岸署だった。

 

何故湾岸署だとわかったのかというと、助手席の人が電話で、これから被疑者と湾岸署に向かいますと言っていたから。

 

後で弁護士より、女性の警察署収容は原宿署か湾岸署になると聞く。

湾岸署は地理的に少し離れるため、有名人や重要被疑者は身辺を案じこちらに運ばれるとのこと。

 

一時の走路を経て、湾岸署に到着した私は一身上の簡単な調書を取られて身体検査を受けた。

 

身体検査を終えて、籠に入っている着替えを身に付けて、自分の着衣を籠に入れた。全て女性警官の目の前で行う。

 

こっちへ来て、と促されながら廊下の先の扉を開け、並んだ鉄格子の部屋から解錠したのは留置所の中でも誰もいない部屋だった。

だだっ広い中で私ひとり。他の部屋は人の気配から、何人も一緒にいるようだった。

 

女性警官より鉄格子の扉の食器口の窓から一畳分のゴザを入れられたので、敷いてその上にぽつんと座っていたら、ゴザはテーブル代わりなのだと言われてびっくりして急いで腰を上げる・・・

 

久しぶりのせんべい布団に横になるが、まだ引かない胃の痛みと訳の分からない身の上で何も考えられないまま、朝までぼんやりと数時間を過ごした。

 

突然、照明が明るくなり、起床のため布団を畳むように言われる。

畳んだそばから、食器口よりプラスチックの容器のお弁当が入ってきた。次いで、大きなやかんとコップを持った女性警官がお茶を入れてくれる。

 

前の晩に引き続き、箸を持っては下げ、箸を持っては下げるだけの全く食べ物に手を付けられない状態だったのだが、それを見かねた女性警官から何かを言われた気がするが、思い出せない。

ただ、鉄格子の向こうから心配そうな顔をして私を見ていたのだけは脳裏に浮かぶ。

 

しばらくして鉄格子の扉が開く。

 

身体検査の部屋へ行き、体調の確認をした後に自分の着衣に着替える。

 

部屋を出ると昨日の検察庁の女性職員がいた。

よく見ると随分と若い。

「おはようございます。これは昨日押収した物品の目録です。あっ、この名前とサインは私なんですよ!はい、どうぞ!」

 

渡された目録を見ると、その名前の肩書きに東京地方検察庁特別捜査部と書いてある。

 

私は東京地検特捜部に逮捕されたことを知った。

 

「あなたは特捜部の検察官ですか?」

「いえ、私は職員です!」

 

目を輝かせて明るくはきはきと答えられたので、そうですか、と思わず苦笑いしてしまった。よく見たら後ろにいる女性警官達も苦笑いをしている。

 

 

三たび黒塗りミニバンに乗せられ、着いた先は東京拘置所だった。

 

敷地に入るとそのまま地下に入っていくのが感覚でわかる。

 

車を下され建物に入った瞬間、ここがとてつもない大きさの建物であろうことがわかった。

大きな建物特有の長く交換されない滞留されている空気の感じが重々しい。

 

長く続く廊下を歩た先の角の部屋に入れられ、またここでも一身上について取り調べを受ける。それと合わせて、拘置所オリジナルの履歴書のようなものを渡されて項目通りに事細かに書くようになっていた。

 

取り調べの職員から矢継ぎ早に、

 

いま死にたいと思いますか?

薬物依存は?

性病歴は?

同性は好きですか?

犯罪歴は?

入所(少年院とか刑務所)歴は?

 

などと40数年生きてきて初めて聞かれる質問に、驚いた。

 

一通り質問が終わり、向かい合う職員を見上げると、警官とは違う制服で腕章に法務省と書いてあるのが目に付いた。

 

椅子に深く腰掛けて背筋を伸ばし、部屋の様子や職員の制服をまじまじと見ていたら、そのやや年配の職員から「あんたは・・・こういうところに縁がない人だったんだろうね。」と顔のシワを歪ませながら不憫そうな顔をされた。

 

少しの間、質問を許される。

「ここはどこですか?」

「東京拘置所だよ。」

「何のために私はここへ連れて来られたのですか?」

「身柄を勾留するため。」

 

私はそれでも涙は出ず、悲しむ気持ちもなく、自分がなぜここにいるのか、これから何が起きるのかもわからないままに、ただ職員と向かい合い、硬い椅子に座っていた。